薩摩藩の「てげてげ」に学べ!?日本型リーダーシップと会社内での処世について

働き方
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こんにちは。サラリマヌス(@SALARIMANUS)です。

司馬遼太郎の著作では、理想的なリーダーシップとして「薩摩型」というキーワードが何度もでてきます。昨今ではビジネス書等でも見かけます。

この「薩摩型」なんですが、「薩摩藩だけでなく、日本人全員に浸透している」と司馬遼太郎が踏み込んでいたのが面白く、当記事でも取り上げてみました。

たしかに、会社の社内力学を理解するのに役立ちそうです。

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「薩摩型」とは「大概大概(てげてげ)」だ

そもそも「薩摩型」とは何でしょうか?司馬遼太郎は「大概大概(てげてげ)」という言葉を使っています。

というのも、薩摩藩の武士が部下をマネジメントする際は、「大概大概(てげてげ)」とか「大概(てげ)」という方言を大切にしていたからです。

例えば「将たる者は、下の者に大概(てげ)に言っておく」という使い方になのですが、これは「リーダーは大方針の概要を言うだけで細かい指示はしない」という意味になります。

つまり、リーダー自身は精神的な象徴性を保つことに終始する、まさに「薩摩型」を表す言葉なんですね。

司馬遼太郎の歴史小説では、「大概大概(てげてげ)」の代表格として西郷隆盛やその影響を受けた薩摩藩の人物が挙げられています。

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日本の「大概大概(てげてげ)」なリーダーたち

「リーダーは大方針の概要を言うだけで細かい指示はしない」、「リーダー自身は精神的な象徴性を保つことに終始する」と言われれば、なるほど「どこかで聞いたことあるかも」となるのではないでしょうか。

西郷隆盛をはじめとする薩摩藩の人物が発祥なのかは分かりませんが、現代日本におけるリーダー像というと「薩摩型」が浸透している気がします。

言われてみれば、スラムダンクの安西先生とか鬼滅の刃のお館様とか「大概大概(てげてげ)」なリーダーですよね(笑)

「大概大概(てげてげ)」を忘れると日本組織は失敗する?

一方で、司馬遼太郎は日本の組織が失敗するパターンとして2つ挙げています。

1つは、「大概大概(てげてげ)」とは真逆の人がリーダーになった時です。「組織におけるパワーゲームを好み、配下に対しては細かく指示し、すくませる」ような人物像を挙げています。

もう1つは、「大概大概(てげてげ)」を形だけ真似た人がリーダーになった時です。「全くの丸投げで無責任であり、人格的にも能力的にも不適当な部下の横暴を黙認する」ような人物像を挙げています。

自分で書いてて動揺するんですが、会社の日常を思い出す人も多いのではないでしょうか。

上司のリーダーシップの型に合わせて、処世しよう

以上のことを踏まえて、会社員生活への応用を考えていきます。

もしも上司が「大概大概(てげてげ)」なリーダーであれば、しっかりと仕えるべきだと思います。きっと、自分の能力を存分に発揮できる機会になるでしょう。

では上司が「大概大概(てげてげ)」とは真逆の人がリーダーだった時はどうすべきか?

司馬遼太郎も「日本人は神経的に参ってしまう」と書いている通り、上司と距離を取るか転職するくらいの気持ちで良いと思います。

あるいは、上司が「大概大概(てげてげ)」を形だけ真似た人がリーダーになった時はどうすべきでしょうか?

同様に、上司と距離を取るか転職しても良いかと思いますが、いっそ自ら独断と先行をしてしまうのも妙手かもしれません。

既成事実さえ作ってしまえば、追認するしかないのが日本組織の歴史的法則だからです。

まとめ

時に理不尽な上司に当たっても、歴史に照らし合わせれば、自分の中で少しは溜飲を下げれるかもしれません。

司馬遼太郎のエッセイは、「なぜ日本型組織は機能不全に陥るのか?」というテーマが多く、会社員生活の処世術みたいなものに応用できるのでオススメです。

当ブログでも一杯でてくると思います(笑)

 

最後まで読んで頂いた方、ありがとうございます。
ゆっくり急げ(アウグストゥス:初代ローマ皇帝

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